その路を行けば
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妙齢の女とカタツムリ

プロローグ

どんよりとした梅雨空の休日、ベランダで空を眺めていたらコーヒーが飲みたくなった。
駅前にある行きつけのcaféに出かけ、いつもの席につき、雑誌をめくっていると一枚の写真に目が止まる。
知多半島のとある街。『この感じ懐かしい…』田舎育ちの私は都会の生活に憧れ、
部屋を借りるなら徒歩圏内に地下鉄、café、ショッピングができる場所に住もうと決めていた。
でも東京に行く勇気がある訳でも無く、地元に程近い名古屋市内に今は住んでいる。
そして部屋探しで最も重要視した私の条件は、おシャレなデザイナーズとか、女子っぽいカワイイ部屋
ではなく、広さと明るさ。
…見た目じゃないよね、何事も。

雑誌で目にした風景が気になり、特に縁もゆかりも無い知多半島についてネットで検索してみる。レジャー情報が並ぶ中、アパート情報が目に止まる。
クリックして見ると『1LDK…ひろい、明るいし。家賃…やすっ!!!』
この広さでこの安さ、なんだかテンションがあがる。…そして最寄り駅の中に気になるものを発見。
『上ゲ』って…アゲ?ジョウゲ?何て読むの?とっても気になる。なんで『ゲ』はカタカナなんだろ?
ひらがなじゃダメなんだ…どんな駅だろ?すごく気になる。外を見ると雨は降ってない。

…知多半島か、うん、この『上ゲ』って駅とアパートを見に行ってみよう。…ひとりで。

いったん部屋に戻り、準備をして出発
地下鉄と名鉄を乗り継いで上ゲ駅に到着し、
読み方を確認すると『アゲ』だった。
アゲ…アゲ。…言葉の響きがイイな『アゲ』って。

駅を出ると看板がある。見るとなぜか一部が消されている。
思いやりと■■の気持ち…。
何?このクロスワード的な消し方。…
考えたが何も浮かばず、思いやり…槍(やり)だから盾(たて)か?
なんて思ったが、よく見ると、うっすら『感謝』の文字が読めた。

…そーだよね、普通に考えれば。

道中気になるものは他にもあったが、キリがないので、
とりあえずアパートへと向かう。

曇っているので紫外線を気にする事もなく、歩いて行くと小学校から元気な声が聞こえて来る。
その先を曲がると目的のアパート。

『うん、いい路だったな、
季節の移り変わりが感じられて、風情もあって。』

そして目的のアパートの鍵を開けてもらい、
部屋に入ると想像以上だった。広いし、明るい。
なにより感激したのは『風』が心地いい。
『この広さなら2人で住んでも十分だな』なんて思い、
白で統一された部屋の中をウロウロしてみる。

そして気付いた。
…なぜ私は部屋を見に来たんだろ?特に引っ越したいとも思って
いないのに、広くて明るくて家賃が安いというのと、
『アゲ』に惹かれて来てしまった。

『ま、こんなOFFもいいよね、たまには』と思い、どうせならとじっくり見学させてもらった。
『アリだね。この部屋』という結論に至り帰ろうとすると、また気持ちいい風が吹いた…
こういう魅力は来てみなくちゃわからないよね。

帰りの駅に向う途中で、とっても大きなクローバー
淑やかに咲くオレンジ色の綺麗な花を見つけて、ちょっと幸せな気分になる。

…でもコレほんとにクローバー?まいっかクローバーって事で。

部屋を見せてもらったお礼を言い、駅に向かうと、
さっきの看板の反対側に素敵な路をみつけた。

奥へ歩いて行くと
梅雨になると何処からともなく現れる
『カタツムリ』を発見。
ウネウネしながら進んでいる。

そうだっ!!カタツムリが出すネバネバ、お肌にとってもいいんだった。
あのネバネバで作ってる化粧品もあるんだよね、
…でも直接『カタツムリ』を乗せたほうが効果あるのかな…誰かに見られたらドン引きされるよね、やめとこ。

私は虫とか嫌いじゃない、かといって好きな訳でもないけど。
なかでもゆっくり動くものは、ぜんぜん平気。
もうすぐ梅雨か…鈍色の空を見上げると一箇所だけ丸っぽいところを見つけてカタツムリを思い出した。そうだ、今日はエステに行こう。
もしかしたらカタツムリのクリーム置いてあるかも。
…でも原液があってもやめておこう。

電車に乗り込もうとして思い出した。
さっきの物件の最寄り駅は『上ゲ』じゃなくて『知多武豊』だったな、そういえば。