その路を行けば
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カミナリ鳴る頃に カミナリ鳴る頃に

其の壱

この季節になると思い出す。子供のころ弟が言った言葉…
『ねーちゃん知ってるか?カミナリが鳴ったら、昔の人はヘソを持って行かれないように、うつ伏せで小さく丸まったって。
だからカミナリみたいに、おっかない事や嫌な事があったら、いつもの大っきなねーちゃんじゃなくていいから、
小さくなって通り過ぎるのを待ってればいいんだぞっ!!!』…なーんて言ってた。
そんな可愛い弟が東京で就職したのに転勤で帰ってくると連絡してきたのが二週間前、それから頻繁に連絡し合うようになった。
実家に住めばいいと思うが、会社がアパートを借りてくれるからと言って部屋探しをしている。
でも引継ぎやら何やで仕事が忙しいらしく部屋の内覧を頼まれた。
ま、姉としては、かわいい弟の頼みは断りづらい。

そして今日、弟曰く『掘り出し物』的な部屋を見に来た。

名古屋市千種区の『サンライズ2000』というマンション。
31㎡以上もある1DK。広さはじゅうぶん、収納スペースもたっぷりある。
洗⾯はシャワー付き、⾵呂、トイレは綺麗で使い勝手よさそう。
コレは確かに弟が言う通り『掘り出し物』だね。じゅうぶん…というか贅沢すぎない?

私はと言うと、最近ずっと悩んでいる。新しい仕事、新しい環境にチャレンジするかどうか…。
もちろん、やった方がいいのはわかっている。でも正直少し怖い。今までの経験とか知識は、多分あまり役立たない。相当苦労もすると思う。
でも…やってみたい。とはいえ最初の一歩がなかなか踏み出せずにいた。
そんな悩みが頭をかすめたが、気を取り直して弟の部屋探しに意識を戻す。

見学したマンションは、大通りから少し離れているので静かだった。あとは日々の買い物、食事ってとこかな?まずはコンビニ、独身男性の台所。これは大通りに向かうと角にあった。通りに出るとカレー屋にファミレスもあって食事に関しては心配なさそう。
…そう、かわいい弟が心配なのだ、姉としては。
ついでだから最寄駅まで歩いてみようと思ったが、左に曲がるのを忘れ、直進してしまった。
…なぜ私は渡らなくていい信号をしかも青信号に変わるのを待ってまで渡ってしまった?
…ま、いいかと気を取り直し引き返そうと振り返ると素敵な遊歩道が目に入った。どうせならこの路を行こうと歩き出す。
緑のトンネルを歩いているような路、なんだか空気まで美味しく感じる。新緑の葉を茂らせる木々を眺めながら少し歩くと、この素敵な路が裏口になっているオシャレな家を発見。『なんて素敵なんだろう』いつか、こういうお家に住んでみたいなと見入る。が、ずーっと見てると不審者みたいだよねと思い、来た路を引き返すと黄色いポールに目が止まる。

黄色いポール…幼い頃、
弟とよく遊んだ公園の入り口にもこれと似たようなポールが立っていた。
そういえば家からその公園に向かう路も緑が多かった、懐かしい。

先ほど目にした素敵な家の表側が気になり、回り込んでみるとcaféだった。早速お店に入ってランチを注文する。メニューは1つ、『トマトラーメン』のみ。見た目はこってりしてそうだったけど、食べてみるとクリーミーでコクがあって、でもクドくない。ラーメン好きも、パスタ好きも満足しそうな味わい。うん、これは美味しい。スープを飲むとトマトもしっかり味わえる。麺の量が多めなので、これなら弟も満足しそうだ。こっちに越してきたら連れてきてやるか…などと考えながら食べ進める。このスープ、リゾットにしたら美味しそう…。

ちなみに私はよく食べる。初めて一緒に食事をする人はたいがい驚く、それくらい食べる。だからこのトマトラーメン(普通はこれくらいの量があれば満足すると思う)のスープでリゾットにしてくれるなら喜んで注文する。でも今日は1人で、しかも始めて来た店なのでやめておいた。食後のコーヒーを飲み、また散策を続ける。さっきみつけた素敵な遊歩道に戻って、もう少し奥まで歩くと紫陽花が咲いていた。やっぱりこの路は気持ちいい。

そこへ弟からmailが来た。『どう?いい感じ?』『うん、周りのお店もあんたには良さそう、あと大通りの近くの路がいいよ』
と返すと『ん?路?ま、いーや。あとから電話するから詳しく教えて』
…そして帰路についた。

-家に戻るとちょうど弟から電話。『どーだった?』『うん、広いし水周りも綺麗だし、あとコンビニが近くて…なんといっても大通りの向こうに、いい感じの路があった』『路?へー…で、どうなの?決まり?』『あんたの部屋でしょ?私は決められない。他も一応見てみたら?』『う~ん…じゃあそうする』『それよりあんたさ、もうすぐでしょ?転勤。部屋決める前に一回くらい来れないの?』『う~ん、今度の週末は、もしかしたら行けるかな…』『自分の部屋なんだから、最後は自分の目で見て決めなよ』『…わかった』弟の大雑把というか大らかというか
、ま、良く言えば細かい事を気にしない所は昔とちっとも変わってない。

今日見た部屋さ、もしあそこに住むなら近所に美味しいラーメンがあるcafé見つけたんだ、そこに行こうよ』
『ラーメンcafé?』『ま、そんなような感じ』『で、ヤツらはどーだった?いない?気配とかしなかった?』
『ゴキブリ?いないよ。清潔なお部屋だったし』『オレ、ダメなんだよねー、ホント無理なんだ』
『でっかい体してそんなに怖いんだ…よし、もしヤツらが出てきたら、ねーちゃんがやっつけてやる!!』
『…どーやって?』『踏んずけてやるっ!!!』

『…踏むんだ…つえーな、ねーちゃん』