その路を行けば
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妙齢の女とカタツムリ

其の壱

アパート探しに出かけた。
それはある日、起きるとベッドの傍にフタ付きの青いバケツがあって、とっても驚いたことから始まった。
ノソノソとベッドから這い出て近くで見るとフタの一部が凹んでいる。…まさかと思い額を当ててみると、ピッタリ合う。…そして少しおでこが痛い。『コレ、どっから持ってきたんだろ?』昨日は久しぶりに酔った。
大学時代の友達と食事をして3件目に行ったまでは覚えている。そして…ま、いっか。

とりあえず起きたがソファーでまた横になり、TVをつける。
しばらくTVを観ていたが、喉が渇いたのでコーヒーを淹れようと起き上がる。キッチンに向かう途中窓から外を見ると雨。
そして手摺りに何かが…カタツムリだ。自分の顔に触れて思う。
カタツムリのパックをしてから肌の調子がいい…また行きたいな。
あれ?なんで行ったんだっけ?そーだ。ふらっと行ったアパート見学の帰りにカタツムリを見つけて、それで思い立ったんだ。
『アパートか…この部屋好きだけど、古いから隙間風でエアコンがなかなか効かないんだよな…引っ越すか?』
ま、こんな軽い理由で、ホントに引っ越すかどうかはいいとして、とりあえずアパート見学に出かけた。

大府駅に着く。
なぜ大府かというと前回、知多半島に行って良かったから、行くなら南の方角かな?と。
それと、便利なんだけど静かな、落ち着いた環境。そんな感じを地図とにらめっこして、
いいんじゃない?と思ったのが『大府』だった。

今日はこのマンション『ハイツカコ』を見学した。
名前の響きがカワイイ。

この時は二部屋空いていて、
シックスタンダードなお部屋と、
壁とか床のデザインが凝ってる、『なごや女子部屋』
という女子向けに内装をセレクトしたお部屋、

どちらも素敵。

この物件の立地は、駅のロータリーの南側で
とても便利。

ロータリーをまわると、ちょうど駅の正面にロンドンオリンピックで吉田選手が着用したジャケットがディスプレイしてある。ロンドンオリンピックが開催されたのは2012年だから、今から4年前。その頃の自分が頭をよぎる。
…私、な~んにも考えてなかったな、ただ毎日が楽しくって。
…でもその頃から少しずつ将来の事とか気になりだして。

…あの夏、ちょうどオリンピックの開会式がおわり、その日の競技結果をTVで毎晩チェックするのが日課になり始めた頃、
仕事が終わり、このまま家に帰るのもヤダなって思って通りすがりに見つけたcaféに入った。

席に着くと隣の席の会話が耳に入る。すこし崩れた感じの男性二人組で、
大声ではないんだけど、二人とも声を張っているので、とてもよく聞こえる。
『…でな、思うわけよ、やっぱり一生懸命やればやる程まわりから見ると滑稽って事あるじゃん』
『そりゃわかるけど、くだらない事を一切笑ったり、恥ずかしがったりしないで大真面目にやるって方が笑えるんじゃないか?』
『ん~…でもそこはよ、すっげー大事なトコじゃん』
何なのこの人達は?さっきから同じ内容を違う言い方で、お互い違うと言って譲らない。それを繰り返している。

見せてもらった『ハイツカコ』を出て
近所を散策に行った。
ロータリーから南に向かう路を行くと鮮やかなグリーンを発見。 よく見るとコケの一種らしいが、始めて見た。

駅から東へと続く路を行けばスーパーがある。
この路、広々として歩きやすい。

駅周辺の路を歩いた私の感想は『便利でのどか、アリだね大府』そして駅に向う。

-あの夏、caféでの出来事。
変な二人組は全く同じ会話を繰り返し、だんだんヒートアップして声が大きくなる。
『だから違うって。やっぱり一生懸命やればやる程まわりから見ると滑稽って事あるじゃん!!!』
『そりゃわかるけどよ!!!!』と言って突然立ち上がったので、びっくりしてチラッと見ると二人と目が合った。
三人で沈黙する事数秒『……』『……』『……』
立ち上がった男性が無言で座る。そしてまた向き合い同じ会話が始まった。…今度は小声で。でも声を張っているので会話の内容が完全にわかる。なんなのだこの二人は?よく見たが、少し崩れた感じはするが、怪しい職業の人ではない感じがする。同じ事だって説明してあげようかと思ったが、巻き込まれたくなかったので雑誌に目を落とすと、家の近所に新しいcaféがオープンしたとの情報を見つけた。

読んでいるとまた隣がヒートアップしてくる。
『だからさっ!!!一生懸命やればやる程まわりから見ると滑稽って事あるじゃん!!!』と言って立ち上がる。
そして『そりゃわかるけどよ!!!!』と言ってもう一人も立ち上がる。
迷惑な人たちに少し苛立ちチラッと見ると二人と目があう。
そして三人で沈黙する事数秒『……』『……』『……』
『いいですか、別に聞き耳立てていた訳ではないですけど、
というか別に聞きたく無いんですけど会話が聞こえたんですね、…二人とも同じ事を言っています』
そして三人で沈黙する事数秒『……』『……』『……』
一人が言う『イヤ全然違うんです』
『同じです』そして説明してあげた。
ようやく自分たちが同じ事を違うと言って争っていた事に気付き、
『なんかスイマセン』『ありがとうございます』と言って席に着く。

やっと静かになり雑誌を手に取りくつろいでいると、また隣がヒートアップしてきた。
今度はこれから何を食べに行くかでモメている。
焼肉と焼き鳥…。
見ると小声になる、目をはなすとヒートアップする。なんだか可笑しくなって、笑いながら言った
『居酒屋ならどっちもあるんじゃないですか?』
『…その手があったか !!』とミョーに納得し、
それから一緒に少しおしゃべりして帰った。
後日、同じcaféに行くとまた例の二人組がいた。
なんだか憎めない二人といろんな事を話した。その時の悩みとか将来への不安とか…不思議と二人には何でも話せた。
その度に真剣に議論する二人が可笑しくって、よくそのcaféに通った。

-そして夏が終わり、秋になると二人はcaféに現れなくなった。

帰りに駅前の本屋さんによると、
一番奥のコーナーにある一冊の本に引き寄せられ、手に取ってみると、
そこには今朝見た青いバケツが写っていた。

…本のタイトルは『あらもの』

住む部屋とその周辺の路、
その街を散策するのにハマりそう。

その日は家に帰り、バケツとにらめっこして眠りについた。
『今度はどこの路を歩いてみよう…何があるかな…』