その路を行けば
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魔法がきれるころ 魔法がきれるころ

其の参

ーある休日の朝。
居間に行くと祖母がくつろいでいた。隣に座り一緒にTVを観ていると『最近なんか元気ないね』と言う。
『そんな事ないよ、…と思うけど』『そうかい?ならいいけど』なに?私はいつもと一緒だと思うけど。
…しばらくそのままTVを見ていたが、それも飽きてきたので出かける事にした。

家を出ると、あの猫がいる。今日は私をチラッと見てプイッとした。…なんだこの愛想のカケラもない対応は。
そこへ祖母が出てくる。すると猫なで声で祖母に近づきスリスリする。祖母は猫を撫でながら独り言のように
『不安を抱えてる人をみると自分も不安になっちゃうから怖いんだね、不安な人が』『え?』
『…人間と一緒だよ。考えたってわからない事なんていっぱいあるけど…自分で決めたんならね…』『何?』
『いってらっしゃい』『…うん、行ってきます』なに?…ま、いっか。

その日私が向かったのは岩倉市のマンション。
なぜこのマンションを見に行くかと言うと、
マンションの『名前』にすっごくひかれたから。

まずは近くを散歩してみる。
近頃少し冷たくなった風が気持ちよくて、けっこー歩いた。
並木道が続く小学校の前あたりに、銅像が何個か立っている。
その中で一番キュートだった特大サイズのニワトリちゃん
少しからんでランチをしにお店に向かった。

いつからだろ?祖母の言葉で安心するようになったのは…幼稚園に行っていた頃は、もう言われていた。
思えば祖母の言葉が、私の当たり前になっていた。当たり前になっていたのに…当たり前じゃなくなってきていた。

先週、久しぶりに会った友達たちと話した後、なんだかモヤモヤしてたので、料理人を目指している友達と二人で会った。
『ね、なんかさ、変わったよね』『そう?ん~…そうかな?どんなふうに?』『なんかさ、アツいヤツになってない?』
『え~!!そう?…でもそうなのかも』なにこの満更でもない感じ。高校時代はそうゆうの嫌がっていたのに。
『そんなに面白いんだ、仕事』『面白い?面白いとかなのかな~?…仕事だからね、ちょっと怖いなーとか思う事もあるし、
しんどいなーとかも思うけど、…でも、なりたいんだよね料理人。しかも腕がいい料理人に』

まただ…目をキラキラさせて、ちょっとカッコイイじゃん。
『う~…私がカッコイイはずなのに…ほんっとに!!二枚貝といい、アンタといい』『へ?ニマイガイ?何それ』
なんだコレは…。友達が頑張ってるのを見てジェラシー感じちゃってるみたいじゃん、私ったら。
『何でもない。それよりさ、なんか食べに行かない?』
『いいね。実はさ行ってみたいお店があるんだよね』『じゃあそこ行こ』と友達が選んだお店で食事して帰った。

お部屋を見に行く前にランチ。
私は焼肉を食べに行くと、絶対に『タン』を食べる。
そうです、私の大好物はタンなんです。
そんなタンのお店を偶然見つけた。
しかも焼肉屋ではなく『タン』のお店。
お店を見つけた時からランチはここだと決めていた。

そして目的のマンション『メゾンドサリー』にやってきた。
サリーちゃんのお家、名前がかわいい。駅前の立地で間取りは2LDK。案内してくれた人に
『ここのオーナーさんは魔法使いですか?』って聞いたら、……なにも言ってくれなかった。

当たり前だった事が、当たり前ではなくなりはじめて困惑している私。
仕事は順調だし、別に凹む事があった訳でもない。でも、大人の仲間入りをする『儀式』くらいから
私の中にあった自信が揺れ始めている。…なんだ?この感じ…どうしちゃった私?

マンションを案内してくれた人にお礼を言って駅へと向かう。踏切を渡るときに線路を見ると、
ず~っと先の方まで続いている…。まっすぐ伸びる線路を眺めていたら、突然閃いてスッキリした。
『変なの…。よしっ、帰ろ!!』まわりと比べて、焦りとか不安を感じていた自分が笑えた。
『私は~最強~♪』と電車に乗り、窓に映る自分に『…やっぱり私、大丈夫じゃん』とつぶやくと、
今度は大丈夫…というか最強になった気がする。ずーっと私に元気になれる『おまじない』をしてくれてた
祖母に、早く伝えたい。『ありがとう。もう大丈夫だよ』って。

家に帰ると、例の猫と祖母が玄関先にいた。『ただいま』と言うと猫が近づいてきたので撫でてやる。
すると祖母が『なんかイイ事あったのかい?』と聞くので『何にもないよ…でも…うん、大丈夫だから』と言うと
『よかったね』と言ってくれた。しばらく二人で猫を撫でていたが、近所の家に飾ってあるジャック・オー・ランタンを見て
祖母に無茶なお願いをした事を思い出し『もう妖怪にならなくてもいいよ』と言うと『そうかい』とすこし寂しそうなので
『あの世に行く時は、私がジャック・オー・ランタンになって連れて行ってあげる』と
近所の家のジャック・オー・ランタンを指差す。祖母は『なんだい?あれは』と笑っていた。

…『ありがとう』は、いつか言おう。