その路を行けば
ニッショー
ニッショー.jp

カミナリ鳴る頃に カミナリ鳴る頃に

其の参

弟の部屋探しも、いよいよ大詰め。めんどくさがる弟を無理やり東京から呼びつけ、今日は最後の候補を一緒に見に行く事になった。
『国際センター』駅で待ち合わせ、名古屋市中区にある『サンパーク丸の内』というマンションへと向かう。
梅雨も明け、ギラギラ輝く太陽の下を弟と肩を並べて歩いていると幼い頃を思い出す。

弟が『カミナリが鳴ったら、昔の人はヘソを持って行かれないように、うつ伏せで小さく丸まったって。だからカミナリみたいに、
おっかない事や嫌な事があったら、いつもの大っきなねーちゃんじゃなくていいから、小さくなって通り過ぎるのを待ってればいいんだぞっ!!!』
…なーんて言うもんだから、コイツも一人前の事言うんだと感心したな。

そんなある日の事、そう、今日みたいに梅雨が明けて蒸し暑い夏の日、
弟と歩いていると、先ほどまで明るかった空を真っ黒な雲が覆い始めた。
『カミナリ鳴りそう』『ん?そーだな、鳴るかも』私はカミナリが大の苦手、
でも誰にも言ってない。と、その時遠くでピカっと光り、数秒後カミナリが鳴った。
『鳴ったね、落ちたのかな?』『ん?そーだな』と弟が答えると、
また空が光り、さっきより大きくカミナリが鳴った。『ひぇっ!!近くなってない?』
『…そーだな』と言った数秒後、真っ暗な空全体が明るくなるくらい光った。
かなり大きく鳴ると思い身構える、が…なかなか鳴らない、ちょっとパニクりそう…
そのとき私は弟の教えを思い出し、しゃがみこんで丸まった。

すると弟が『どーした、ねーちゃん?』と言う。大丈夫だと言いたくて
声を振り絞るが『…ダ…』しか言えない。
『ダ?』『…ダ…』『ダンゴムシ?』と言われカチンとくる。
『違うわっ!! あ、あ、あんたが言ったんだ…しゃがめって!!』
『ん?言ったっけ?…でもねーちゃん女なんだから、
怖い時は『きゃーっ』とか言った方がかわいいぞ、…なんだかんだ言っても、
ねーちゃん顔はいいからな…ちょっと強すぎるから男から怖がられるんだ』
『おーきなお世話だっ!!…こんど言ったら踏んづける』『…そーゆーとこ』
今も昔と変わらない、いつでも強がっている私。
ま、今更変われないというか、『キャー』とか言ってる自分が想像つかない。
というかムリだ、私はそんなキャラじゃない。

社会⼈になってちょっと頼もしくなった弟と
近況を語り合いながら歩いていると目的のマンションに到着。
『国際センター』駅から500mの立地。
大通を行く車の音は気にならなかった。
20㎡のワンルーム。風呂、トイレも別、想像していたより広い。
ベッドを置いても十分家具も置けそうじゃない?と話しかけたが、
やたらと時間をかけて風呂を確認している弟は返事もしない。
…しばらくは無理かなと、窓から外を眺めて待つ事にした。
道中、古い⺠家が残る地域を見かけたが、
大小様々なビルが連なる眺望は『都会』そのものだ。
弟がここに住む事になったら、たまには掃除をしに来てやろう、
そして名駅付近で遅くまで飲んだ日は泊めてもらおう…と決めた。

マンションの内覧を終え、近くの橋を渡り少し歩くと
『四間道(しけみち)』という町家や蔵が残る通りにでる。
こんな場所に観光地があるとは…。
せっかく見つけたので、弟と『観光』する事に決めた。
ちなみに『四間道』という名前の由来は、
今から300年以上前、防火目的と商業活動の為に
道幅を4間(約7m)に広げた事から付けられたらしい。

町家が連なる景観は、まさに観光名所。
イタリアンやカフェなどの飲⾷店も多く、
店の前を通ると魅惑的な香りが漂う。…全部食べてみたい。
今なら4、5件はイケル気がするが、弟が1件にしろと言うので、
観光案内所に置いてあったマップを頼りに
全部の飲食店に行ってみた。
弟は『どこでもいいから早く入ろ』と何度も言っていた。

今日は懐石料理『右近』に決定。蔵を改装した店内は
レトロモダンで落ち着く空間。
個室感覚の席で、『カツサンド』と『カレー』を注文した。
『カツサンド』だけでは足りないと思ったが、
意外とボリュームがある、
ジューシーで柔らかいカツに⼤満足。
そして大好きな『カレー』は色々な具材が溶け込んで奥深い。
トッピングの揚げた野菜がたまんない。

ちなみに弟はカレーだけで満足していた。
野菜が苦手な弟のサラダを私が平らげると
『ねーちゃん相変わらずよく食うな』と言う…
睨み付けて伝票を弟に託し店を出た。

ランチを終え帰路につく。弟はこのまま東京に戻るそうだ。
別れ際、不意に弟が『ねーちゃんあの話、ほら、チャレンジとか言ってたけど大丈夫か?』
『うん、大丈夫』『…無理にチャレンジする必要ないと思うけど』
『大丈夫だって。それより部屋早く決めなよ。三つとも良いから悩むのもわかるけど、てきとうに決めたらダメだからね』『わかった』
『くじで決めるとか、サイコロとか絶対にダメだからね』『…』『…おいっ!!』

その夜、弟からメールが届いた。
『覚えてるか?オレがねーちゃんの教えに従わない事が一個だけあった事。
あれな、本当は嫌な時も悲しい時も、悔しい時も怖い時もねーちゃんいつも我慢してたろ、いつもよりさらに背筋伸ばして胸張って。
それ見てるとなんか辛くてさ、だからオレは悲しい時は思いっきり泣き叫んでスッキリして、ねーちゃんに見せてやったんだ。
どーだ?泣いたほうが楽だぞってな。だから『大声だして泣くな、みっともない』って言われても、
ねーちゃんには、みっともなくてもいいから早く楽になってほしかったんだよね。

ま、そんな訳でねーちゃん、不安な時は強がらずに思い悩んだ方がいいと思うぞ。とことん悩んだら前に進めるだろ?
あとな、誰かに頼るとかもした方がいい。ねーちゃん、なんだかんだ言っても美人だから…ゴキブリ踏んづけるけど』

……なんだアイツ、頼りない弟のくせに。